Design Seminars

「Professional Design Camp 006」レポート


シナリオプランニングで未来を描く 労働人口の未来を予測する 〜AIは人手不足を救って余らす!?〜
開催日:2019年12月9日〜10日
会場:京都大学百周年時計台記念館2階 国際交流ホールⅠ
参加人数:19名

旬なテーマから未来についての議論を行ってきた「プロフェッショナルデザインキャンプ」。今回はファシリテーターに「場とつながりラボ home’s vi」の荒川崇志さんと山本彩代さんを迎え、2日間の日程で「2050年の労働現場ではどんなことが起こっているか」というシナリオプランニングに取り組みました。

Day 1

オープニング

まず、実行委員長の中務陽介さん(DMG森精機株式会社)によるキャンプの趣旨説明と挨拶があり、その後参加者全員による自己紹介からスタート。ファシリテーターを務める荒川さんからは「1つのことにもいろんな捉え方がある。いろんな業種の人の知見や発見を生かしあって、労働人口の未来やAIの進化を切り口に、2050年働く現場でどんなことが起きているかというシナリオを描いていきたい。また、ただシナリオを描いて終わりではなく、描いたシナリオの中で自分たちに何ができるのか、自分の文脈に当てはめることができればと思う」と、2日間の到達目標の説明がありました。また、キャンプ中の学びを深めるポイントとして、「他人の話をきちんと受け止めて聞く」「リラックスして過ごす」「キャリアや肩書に関係なく対等であること」「やってみて、楽しむこと」等を大切にして過ごしてほしいというアドバイスもありました。

さて、シナリオプランニングとは、「今何が起こっているのかを観察し、起こりうる未来を探求する作業」のこと。そのためには、「こんなことが起こったらいいな」という夢物語や予想、提案のようなものではなく、「どんな未来が起こり得るのか」という合理的な推論に基づいて、可能性のある複数のシナリオを想定しなくてはなりません。この先の未来にネガティブな出来事も含めて「どんなことが可能か」「何が起こりうるか」という事実を積み重ねていき、それが役に立つことが求められます。「役に立つ」シナリオとは、①現状に関連していること、②挑発的であること/現状に一石を投じるものであること、③説得力があること、④明確であること。
荒川さんによると、一般的にシナリオには「適応型」と「変容型」と呼ばれる2つのタイプがあるそうです。前者は「我々は未来の文脈(環境)を変えることはできないし、変えるべきではないし、変える必要もない。文脈(環境)を受け止め、それに適応したシナリオを作る」というスタンスで、同等の確率で起こりうる複数のシナリオを描くことで、自分たちがどう動けばその状況に耐えられるかという想定をしてシナリオを考えます。後者のシナリオは「我々は未来の文脈(環境)を変えていくことができる。実現可能な未来を自分たちのアクションで作っていける」というスタンスのもの。適応型は「何が起こりうるのか」という確率の高いものに着目していくのに対して、変容型は「何が変えられるのか、変えうるのか」というところに着目するという違いがあります。
今回のシナリオ作りでは、変化点に自ら働きかける「変容型」のスタンスでアプローチします。社会の潮流に対して受け身ではなく、「分岐点で自分たちはこういう方向の社会を作る」という能動的な姿勢で取り組むことで、イノベーションにつなげようというものです。

シナリオ材料の収集

ここからは、シナリオ作りのベースとなる情報収集に入ります。「いま何が起こっているかを観察する①」ことを目的として、京都大学大学院経済学研究科教授の久本憲夫先生によるレクチャーを受けました。テーマは「人口・労働力・労働時間の過去・現在・未来〜個人と家族の働き方と労働時間を検討する」。「人口の推移と合計特殊出生率」「日本の人口政策」「産業構造と就業構造の変化」「労働力人口」「労働時間」「産業革命と技術革新の200年」「共稼ぎ化と生涯現役社会化」という多岐にわたる問題についての情報提供が行われ、日本の家族政策の遅れによる少子化の進行や未婚率の増加、そして他国に見られる大量の移民や帰化の受け入れ、婚外子出産の難しさといった日本が抱える問題がデータとともに紹介されました。久本先生の展望では、今後生涯現役社会の到来により70歳まで働く人が増える一方で、生涯を独身で過ごす人も減らないだろうということでした。

続いて、「いま何が起こっているかを観察する②」として、「アクティブ・ブック・ダイアローグ」に取り組みました。これは一冊の本をグループ内で分担して読み、その内容を発表・共有化、対話することで学びを深めるという読書手法です。今回は『2030年の世界地図帳』(落合陽一著)と『未来の年表2 人口減少日本であなたに起きること』(河合雅司著)の2種を用いて、日本と世界の状況について共有しました。



さらに、「いま何が起こっているかを観察する③」ためのレクチャーとして、京都大学大学院情報学研究科准教授の河原大輔先生から「ことばを理解する〜人工知能のこれまでとこれから」と題して、AIによる言語習得の現状について解説がありました。
そもそも「ことばを話す」「コミュニケーションをとる」「理解する」「頭で考える」ことは人間にしかない知能だと考えられているそうですが、AIは「ことばを話して理解する」までをコンピューターで実現するものと捉えられています。実際にAIの言語解析では、形態素解析(単語に切って解析)では99%、構文解析では93%程度まで達していることを、具体的な解析方法を示しながら紹介されました。さらに、最近は動画からインプットした内容を、テキストでアウトプットすることも可能であり、例えば天気図から説明文を生成したり、長い文章をインプットして短い要約を作ったりすることもできるようになっているそうです。
以上のことから、AIの現在地について、「深層学習の進展により、機械翻訳、キャプション生成などの言語処理応用システムも実用レベルに近づきつつある。自動獲得した知識と集合知との融合によって、常識的な知識が獲得され、文脈に応じて適切に利用できるようになれば、言語理解に近づくことができる」という見解が河原先生から示されました。その一方で、「現状のAIはことばの理解には到達していないと考える」ということでした。
AI技術の進展によって、音声認識や機械翻訳などに関連する仕事が減るのは間違いありませんが、AI開発者やデータサイエンティストなどの新たな仕事が生まれることも確実です。また、例え人間よりもAIのほうが得意な分野であってもでもなくならない仕事もあり、特に専門性が求められるプロの仕事はなくならないだろうということでした。

トレンドの探求

以上にてシナリオ作りのためのインプットを終え、ここからは「未来に起こりうることを探求する①」として、「戦略的テーマの探究」に入っていきます。「2050年の働く現場の未来」シナリオを描くにあたって、「私たちが注目する社会の潮流、傾向や出来事が何なのか」ということを、戦略的テーマとして探っていきます。そのための第一段階として、4つのグループに分かれた参加者が、グループ内で相互インタビューを行いました。

インタビュー項目

  • 1 日本の「働く現場の未来」について、なんでも知ることができるとしたら、
    あなたが最も知りたい3つのことは何か
  • 2 日本の「働く現場の未来」に関して、今後30年で物事が非常にまずく進んだとしたら、
    あなたの現場ではどんなことが起きているか
  • 3 日本の「働く現場の未来」に関して、今後30年で物事が非常にうまく進んだとしたら、
    あなたの現場ではどんなことが起きているか

インタビューの回答の中から、各自が考える「注目しないといけないこと」を3つ抽出して付箋に書き出します。それらの付箋を整理し、似ているものをグループに分けてタイトルをつけておきます。タイトルはキーワードではなく、「○○が△△になる(している/する)」とするのがポイントです。
1日目の作業はここまで。グループ内でこの日の感想を述べ合い、チェックアウトを行って懇親会へと移りました

Day 2

2日目はチェックインの後に、前日のリマインドからスタート。続いてシナリオプランニングのプロセスについて荒川さんから説明がありました。
「シナリオプランニングは常に今自分が見ている小さい世界を広げていく(発散)ことで新たな発見や視座の転換、固定観念を手放して(混沌)、世界を捉える(収束)ということを繰り返しながら進んでいくということを覚えておいてください」。以降の作業は、このことを念頭において進められていきます。


まずは、前日に抽出した戦略的テーマが「なぜ起こるのか」という構造に一番影響を与えるドライビングフォース(駆動力)を探求します。戦略的テーマは、今注目している出来事であって、あくまでも見えているのは一部分でしかありませんが、その下には戦略的テーマに影響を与える複数の要因(パターン)が隠れていて、さらにその下には、パターンを生み出す構造が隠れているので、それらが何か考えていきます。
まずはグループ内で、①要因の洗い出し、②要因をつなげて構造を可視化する作業、③構造に飛躍がないかを確認する作業、④ドライビングフォースを見つける作業、を行います。作業にあたっては、願望や「〜であるべき」という考え方にならないように注意する必要があります。

戦略的テーマに大きなインパクトを与える外的要因(ドライビングフォース)は何か
戦略的テーマに影響(発生、増大、減少など)を与えることが構造的に可能なドライビングフォースを10〜15見つける
切り口:社会的・技術的・経済的・環境的・政治的

ここで出てきた内容を他のグループにプレゼンし、客観的な視点からのフィードバックをもらいます。

フィードバックのポイント
1 つながっているか? 構造がきちんとしているか
2 現状と照らし合わせて飛躍はないか? 今の状況を反映しているか
3 ここが抜けているのでは?という疑問を追加する

以上の作業を通してドライビングフォースを見つけるわけですが、ここで重要なのが「なるべく今とつながっているドライビングフォース」を見つけることだそうです。今の潮流を意識することで、飛躍したものではなく地に足のついたドライビングフォースとなります。さらに、これらのドライビングフォースを①構造的に確実なこと、②構造的に不確実なこと、③構造的に起こりえないことに分類し、「2050年の働く現場の未来」を考えるときに①と②に当てはまるものをグループ内でまとめます。

シナリオ作成


ここからは、実際の未来シナリオ作りへと進みます。用いるのはレゴブロック。各自が「2050年の働く現場の未来」を2〜3つのレゴ作品によるシナリオで表現します。レゴでどんなことを表現したのか、理屈は後付けで構いません。グループ内で1人ずつモデルのシナリオを説明した後、メンバーのモデルを統合して、3〜4つのシナリオに作り替えます。その後、他のグループからのフィードバックを受けてモデルをブラッシュアップしていくことで、シナリオをクリアなものにしていきます。この際には「役に立つシナリオの基準」に当てはめながらストーリーを考え、さらにフィードバックを受けます。

フィードバックの仕方
1 作ったシナリオを紹介する
2 シナリオの紹介を受けて率直なフィードバックを返す

フィードバックをするときは、
1 注意深く聞いて、シナリオの基準に基づいて(悪意はない)フィードバックをして貢献する
2 質問はせず、一方的にフィードバックする
3 フィードバックに対する感想や反論はせず、受け止める(メモ)

フィードバックを受けて、それぞれのシナリオのブラッシュアップを行います。さらに、シナリオをわかりやすく簡単にしていくために、モデルの大事な要素だけを残して半分以下にします。
次に完成に向けてストーリーの解像度を上げていきます。そのためにシナリオの語り口(物語)を作ってタイトルをつけ、そのシナリオがどのようなものかを表す図(四象限やグラフなど)を模造紙に書き出し、わかりやすく見せることを意識します。こうして全チームのシナリオが完成したところで全体共有(プレゼン)を行いました。

最初のグループが着目したのは「企業が持っている技術」です。「今後、①技術が流出する、②国内で保護する、③新しい継承の仕方が生まれる、というようなストーリーがありうると考えた。背景には深刻な労働力不足がある。政府はAIへの支援や外国人労働者の受け入れを進めているが、AIが進化し専門的で高度なAIも出てくるが、それをうまく使えない企業と使える企業の二極化が起こる。うまく使えない会社は今まで通りのものづくりでは人手が回らないので、外国人労働者を雇うだろう。しかし、技術が国外に流出して終わりとならないよう帰化の促進が起こりうるというのが1つのストーリー。もう1つはAIをうまく使いこなすことで自分たちの技術も守りきるというストーリー。3つ目がAIをうまく使いながら外国人を早くから受け入れていき、最終的に日本人は指示を出し現場で働くのは外国人になるというストーリー。ただし、ここでも技術が流出していくのではないか、という懸念もある」。

2つ目のグループは、「労働力不足による医療費問題」に注目しました。「2020年のDGPが約550兆円で労働人口が約7400万人。さらに2030年で6875万人、2050年に5275万人になると言われている。GDPを維持するためには労働人口を維持しないといけない。労働人口を補うために高度人材の移民を2030年までに受け入れ、AIも取り入れる。いよいよクリティカルポイントの6000万人を割り込むときには一般労働者も受け入れるだろう。これが大きなポイントになると考える。そうすると、外国人の医療費も加わって健康保険は破綻するだろうから、AIを使わざるをえない社会が普通に来るのではないか。うまくいけば、AIがドクターの代替になってプラスに働く。AIの世界と外国人労働者がうまくマッチして共生できる社会になるというシナリオが考えられる。最悪の場合、移民が増えすぎて社会不安が起こり、日本人がどんどん国外へ出てしまうというシナリオも考えられる」。

3つ目のグループでは、「AIの発展がある場合とない場合、法改正がある場合とない場合の生産性と労働時間」についてシナリオを作成しました。「まず1つ目のシナリオで考えられるのが、AIが発展しない場合どうやって生産性を上げるか。すると移民の受け入れが起こって職場のグローバル化が起こるというもの。AIが発展していく場合でも、法改正がないと労働時間は減らないと考えた。さらに法改正した場合、充実したアフター5を過ごせるようなシナリオ。さらに法改正があるないにかかわらずAIによって無人化が進むというシナリオも考えられる。法改正がなくAIが進展した場合、生産性が高い残業地獄になるというシナリオを考えた」。

4つ目のグループでは、「人口構造の変化によって何が起こるのか」を3つのシナリオで考えました。「女性政策をベースに女性の稼ぎが上がる。それによって男性の価値観が変わる。変化の1つは家族の多様化。1人でたくさんの子供を育てたり、未婚の母が増えたりする。男女の構成変化で女性のCEOが増加すると男性の役員も増えた方がいいんじゃないかという議論が起こるなど、現在とは反転した世の中もシナリオとしてあるのではないか。2つ目はAIとの協業シナリオ。若者が減っていくことから、AIとの協業によって年配の人の知恵というものをできる限りAI化していくことで効率化する。結果的に時間が生まれる方向になり、しっかりと遊ぶ時間ができ、余暇のアイデアを生むというシナリオ。3つ目は隠れた魅力発見シナリオ。人口が減り国力が低下すると隠れた資源を探そうということになる。人間の力では限界があるのでAIを活用して、日本人にとっては当たり前だけど外国人にとっては魅力的なものを発見してコンテンツ化していく。一方で人間にしか発見できないものもあるかもしれない。これらによって人口構造の弱さを国力の強さにつなげていくという変化を期待するシナリオ」。

クロージング

最後に荒川さんから、「作ったシナリオのどこに向かいたいのかということをまず選び出すことと、そこに向けてどういうアプローチをするのかを考える。作りたい未来を引き寄せるために何をするか。そこに次の仕事のタネが隠れているのではないかと思う。シナリオを作ることはまず一歩目で、次にどうアクションするかということを考え続けることがシナリオを作る意味ではないか。これを今後にどう活用するかが大事」という締めの言葉の後、全員で感想を述べ合って2日間のキャンプを締めくくりました。

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