5回目を迎えたプロフェッショナル・デザインキャンプでは、対処リテラシーが追いつかない「インバウンド」と「自然災害」がテーマです。この2つが急増する中、日常の暮らしを続けていくことができる仕組みをデザインできないか−−。非日常性が常態化し、旧来のアプローチでは解決困難なテーマこそ、デザインイノベーションの力が発揮されるのではないかと捉え、未来洞察の手法を駆使して、新たな価値の創出を目指しました。
Day 1
キャンプの参加者は多様な業界から集まった25名。異業種の企業間のコラボレーションの推進を目的として、あらかじめ5名ずつA〜Eのチームに編成してスタート。
まず、今回のファシリテーターを務める日本総研 未来デザイン・ラボディレクターの粟田恵吾さんから、未来洞察ワークショップの考え方と概要についての説明がありました。
「現代はVUCA(Volatility、Uncertainty、Complexity、Ambiguity)という言葉に代表されるように『不確実性』の時代です。10年ほど前はスマホがこれほど普及するとか、外国人観光客がこんなに増えるとは思われていなかった。このようなことが多々起こっています。専門家ほど先入観が邪魔をして、将来の変化を見誤る傾向があることもわかっています。そのため、現在の延長線上の発想を打破し、不確実で想定外な変化の兆しにも視野を拡張することで、自らユニークな未来を創り出すことが重要です」
ここで押さえておきたいのが、未来予測と未来洞察の違い。「未来予測」はForecast、つまり現在の延長線上で考える未来であり、インサイド・アウトによる発想や確定要素などで考えて、解を1つとするもの。これは安定成長時代に適したスタイルでしたが、今必要とされる「未来洞察」はForesight。複数の未来を発想する中から「今」を見るもので、アウトサイド・インによる発想、不確定要素などに着目するとともに、定性データからのシナリオを重視し、複数の解があるもの。これこそ、不確実性の高い21世紀に適したスタイルだそうです。そんな未来洞察をするときに大切なのは、「ありそうな未来」「ありたい未来」「ありうる未来」という3つの視点。自らの「思考の癖」に気づき、外部視点を取り込むことでバイアスを壊し、非連続なイノベーション機会の発想を意識する必要があります。
そこで、「インサイド・アウト発想」と「アウトサイド・イン発想」からのインプットを得て、仮説をそれぞれ作り、うまく組み合わせてアイデアを出すというのが未来洞察の基本的な考え方となるのです。まず、インサイド・アウトの知見を得るために、専門家によるレクチャーが行われました。
インサイド・アウトレクチャー①「経営学的視点のイノベーションと観光」
京都大学経営管理大学院
前川(まえがわ)佳一特定准教授
「訪日外国人旅行客の推移を見ると、当初は目指せ1000万だったのが去年は2800万人、今年は3000万人となり、2020年には4000万人を突破する。世界的に見ればフランス8000万人、アメリカ7000万人、アジアでも香港やマレーシアは日本より多い。しかし我々が4000万人を受け入れるためには、宿泊施設が足りない。なかでも京都市は日本で一番民泊に厳しい条件を設けている状態。また、空港のキャパシティがなくエアラインを増便できるわけではない。さらに観光バスの台数、運転手などの人材不足。おそらく万博の跡地にIRが作られるが、マネージャーなどの人材が全く足りない」という、インバウンド増加に関する説明がありました。このような状況からオーバーツーリズム問題も起こっており、京都市では「観光エリアの分散化」「観光季節の分散化」「観光時間帯の分散化」を進めようとしていることや、コンテンツ創造にも力を入れているという報告がありました。
インサイド・アウトレクチャー②「災害時避難の課題」
京都大学防災研究所
社会防災研究部門 防災社会システム研究分野 多々納(たたの)裕一教授
「世界における大規模災害発生数の推移を見ると、1950年代から70年代では、地震・火山噴火・水害、熱中症、渇水などで1000人以上の死者が出たり、海外からの支援が必要な大規模災害は年間1〜2件だった。それが、90年代は3倍くらいになり、経済損失も60年代から90年代の間に9倍くらいに増えている。保険金額の増加はさらに大きい。そのことから、現代では災害の脆弱な地域に人口や資産が集中している傾向があること(Exposureの増加)、人口や資産の脆弱性(Vulnerabilityの増大)がわかる」
自然災害によるリスクが増加しているが、実際に直面している人は世界的に見るとそんなに多くないのが現実で、そのため情報を得て学んでいくことが大切だということです。
「災害を理解するためには、Hazard、Exposure、Vulnerability、そしてResilience(抵抗力と回復力)が大切。被害の規模を抑える力と、被害後にどれだけ早く回復できるか。事前に準備ができていればできているだけ早く回復する」と、災害に対するリスク管理について説明がありました。また、今年起きた西日本豪雨の事例をもとに、早期避難に対する教訓や個人ができるResilience、また都市計画や防災施策の紹介とともに、災害リスクに関する情報を自分たち自身で得て行動につなげることの重要性についてお話がありました。
続いて、デザインイノベーション拠点フェローを務める、中島康佑さん(三菱電機)から「非日常性の常態化とは?」をテーマにしたミニレクチャーと、以降の作業のウォーミングアップを兼ねた問い直し作業が行われました。
良いデザイン例として、「老舗の物干し竿メーカーの売り上げが落ちている。どうすれば売り上げが上がるか」という問題に対して、「物干し竿をエクステリアからインテリアにして新しい商品を作る」という解決策の提示がありました。ここにあるのは「見落としていたことに新しい着眼点を得て解決する」という方法。
「これには2つのポイントがあり、1つめは仮の答え、つまりアイデア。すごいアイデアが必要ではなく、笑ってしまうようなものを含めてたくさんのアイデアを出すこと。もう1つのポイントは『見透かす眼差し』。アイデアを表面的に見るのではなく、裏にある前提を見透かすような目線で、そのアイデア1つ1つを見ていくということ」と中島さん。
「いいアイデアだと思ったら、何がそのアイデアをよく見せているのか。他と違うと思ったときに、何を目指しているのか、何をゴールとしているのか、あるいはどんな立場から問題を見ているからそのアイデアになったのか。その前提を見るようにすると元々あった問題が徐々にずれて、いい切り口が見えてくるようになる。このような仮の答えとそれを見透かす眼差しによって問題の見え方を変えて、いいデザインにつなげていく」
ウォーミングアップとして、「コンビニコーヒーのカップのゴミが街に溢れる現状をどうすれば解決できるか?」という課題に対して、解決方法のアイデアをポストイットに書き出していく作業を行いました。出たアイデアをチーム内で共有して、自分には出せないアイデア、明らかに発想が違うと思うアイデアを選び、そのアイデアを見透かす作業を体験していくことで、もう一回アイデアを出したくなったり、メンバーと話しているうちに別のアイデアが出てきたりするなど、問題の見え方が変わってくるという体験をしました。
「この3日間は異分野や異業種の人と交流して、仮の答えがどんどん出てくると思います。そこで皆さんにぜひ持ってもらいたいのが見透かす眼差し。問題をずらしたり違う切り口を持って最終的に思いも寄らない価値につなげて欲しいと思います」
ここからは未来イシューの作成に入ります。
未来イシューとは、テーマを取り巻く市場・業界・規制・技術・社会・生活者など幅広い視点から、蓋然性の高い未来へのパースペクティブ(長期的かつ構造的な変化仮説)を考察すること。
「10年から15年くらい先を考えるときには、逆に10年前や15年前にどんな変化があったかを考えて、その延長線上で考えるやり方があります。振り返った上で『だからこの先はこう変わる』と考えます。未来イシューを考えるときには、そのテーマに関わる構造的な変化、長い時間をかけて起こる変化を仮説とするやり方をします。そのときの文章のフォーマットを決めています」と粟田さん。
「⃞⃞(変化の主体)は、◯◯(これまで)から△(これから)へ変わるだろう」という未来イシューの基本フォームに文章を当てはめて仮説を作ります。
「先ほどのコンビニの例でいうと『ゴミは無価値なものから資源に変わる』ということを具体的なアイデアで表現する。これは変化の主体を『ゴミ』にしていますが、『コンビニ』にしてもいい。要素を分解してそれぞれがどう変わるかを文章化します。時期、場所が変わるというように5w1hで考えれば色々できます。『技術はこう変わる』『ビジネスモデルはこう変わる』『お客さんのニーズはこう変わる』とも分解できる。今の延長線上ではあるけれど大きく構造を変えていく複数のアイデアをいろんな切り口で考えてください」
今回はSTEP1として、「非日常性の常態化」を示唆する具体的事象を、フレームに従って列挙します(参考資料として「未来事実」「NISTEP科学技術予測」を配布)。
STEP2では、STEP1の事象を踏まえて「非日常の常態化」の未来イシューを作成します。STEP3として、個人で作成した未来イシューを「外国人観光客」「自然災害」ごとに、グループ内で共有する作業を行います。
最終的には未来イシュー記入シートに「◯◯がこれまでは⃞⃞だったけれどこれからは△に変わる」と表現します。非日常が常態化した状態の暮らしの仮説をチームで3つ程度作り、最後は全体で共有するためにチームごとに発表しました。
最後に、「想定外の社会変化仮説を洞察するための兆し情報(スキャニングマテリアル)」が配布され、それらの情報の中から気になったマテリアルをピックアップするという宿題が出されました。
Day 2
2日目は前日作成した未来イシューの精緻化からスタート。
最終的に行う「強制発想」を行うためには、未来イシューを丁寧に作成する必要があるからです。
続いて、宿題でピックアップしたマテリアルをチーム内で共有する作業を行いました。ピックアップした記事のどういうところが気になったかメモを貼り、メンバー間で似通ったマテリアルを緩やかに関連づけ、似ているマテリアル同士をグループ化していきます。さらにその中で、自分たちが取り上げたいと思うグループを決めます。
「ここでの作業を、想定外社会変化仮説シートに記入します。こういうマテリアルからこんな世界を想定しました、という仮説のタイトルを付け、そこからイメージする概要(whyやwho)と変化のポイント(これまではこうだったけれど、これからはこうなりますというもの)を記入する。似ているマテリアル同士をくっつける作業に関してはKJ法をオススメしています。KJ法でグループ化することで新説を唱えるという感覚で作業を行ってください。マテリアルから考えると、これとこれがぶつかるとこういう化学変化が起こるという仮説はいいですが、自分の中の妄想はだめ。先入観を壊し、着想を刺激・解放することが狙いです」
想定外社会変化仮説記入シートをチームで2つ作成する作業を行い、それぞれのシートの内容について発表を行いました。
「たくさんのマテリアルから2つの仮説を作るわけですが、特に既存のバイアスを壊すような新規性、かつ広がりがある、変化が起こることが他にも影響を与えるというタイプのものをなるべく選んで下さい。こういうものは不確実性が高いけれど実現するとインパクトが強い。言葉化するときには、『二極化』とか『多様化』『逆転』『脱』などの言葉でごまかさないこと。今までとは違うどんなことが起ころうとしているか、というシーンを想定しながら、具体的にイメージしながら言語化していただきたい」
各チームが導いた社会変化仮説のタイトルは以下の通り。
Aチーム:(1)ヒューマンロボット共和国/(2)EMPATH社会の実現
Bチーム:(1)テクノロジー・AIによって人が解放され、人は人らしさを見つめ直す/(2)力技で環境を支配する社会の実現
Cチーム:(1)みんながヒーローになれる社会/(2)生命100%コントロール
Dチーム:(1)「信頼届」制度人〜自分で決めるファミリー〜/(2)無限ループ社会〜ゴミゼロ、無駄ゼロ社会〜
Eチーム:(1)総個人事業主社会〜free job change life〜/(2)移動時間ゼロ・ロス社会
次に、事実や仮説をもとにした未来イシューと、スキャニングによって生み出した想定外社会変化仮説を掛け合わせることで、新たな機械領域/未来シナリオを描き出す作業「強制発想」を行います。
「横軸に10〜15年後に起こりうる未来イシュー(インサイド・アウト)、縦軸にスキャニングによる想定外の社会変化仮説(アウトサイド・イン)を置いて、それらを掛け合わせたときにどんなことが起こるか考えます。それによって未来の機会領域を強制発想します」
ここからは個人で強制発想のアイデアをポストイットに書いて、マス目にどんどん貼って埋めていく作業を行い、次にチーム内で共有。似たような内容のものはまとめていきます。アイデアが出ないときは様々な生活シーンを思い描き、誰が中心になって起こるか、起こり得そうなことを上げていきます。なるべくなら具体的に、絵に浮かぶように表現するのがポイントだそうです。
「強制発想のコツは、10年後に起こったと仮定して過去形で考えること。どんな生活シーンが出現しているか。どんな人が特徴的に出現しているか。年齢や家族構成、価値観はどうか。どんなサービスや商品が出現しているか。蓋然性があれば可能性実現性が低くても構いません」
次に、強制発想によって導き出したアイデアを機会領域として描き出して、事業アイデアとシナリオを作成する作業に入ります。機会領域とは、たくさん出したアイデアのうち有望そうなもの。ここでは「面白い」「ワクワクする」「実現したいと思える」「インパクトがある」を基準に4つのかたまりに集約・統合して、機会領域としてまとめます。
「災害とインバウンドは関係ないようで、流動性という意味では共通しているね、というように、個別の問題が一挙に解決するかもしれません。そういうものを見つけることができればブラッシュアップしてください」
Day 3
3日目は、前日作業した事業アイデアとシナリオ作りの続きを行いました。 「今出ているアイデアがしっくりこないのであれば、未来イシューやスキャニングや仮説がどうなっていたか、一度戻って思い出してください。『非日常が当たり前になる』という大前提を忘れてアイデアを出していないか。出したアイデアが大前提にどう有効に働くかを確認することが大切です」 こうして完成したシナリオをもとに、チームプレゼンが行われました。
Aチーム「訪日ロボットが日本の家族を救う」
ロボットがモノから、ともに一緒に暮らすパートナーになっている社会。外国人居住者が増加する中、言語だけでなく彼らの文化を理解する重要性が高まることから、パートナーを失ったAIロボットを次のパートナーとマッチングさせる業者も登場。例えばフランス在住日本人のパートナーだったロボットを日本で迎え入れることで、双方の国の文化の架け橋になることもできる。
Bチーム「労働と災害から解放される時 人は旅にでる! 松尾芭蕉2030〜流動性はポジティブマインドで価値になる〜」
AIなどの発展によって労働や育児、家事の負担が減り効率化され、言語の壁もなくなり、外国人と深い対話ができ、日本人の考え方も流動的になる社会。また、これまでの災害の対策のように元の場所に戻る避難から、災害予測によって住む場所を移動することが前提の社会になる。労働や家事の時間が減り暇を持て余す世の中が常態化し、職業としての旅人も増加。幸せを探すための旅が教育の一つになる。
Cチーム「解き放たれた新日本人による集中的総合教育でヒーローを作る」
国民のDNA情報をデータベース化し、自由に利用できるDNAデータカタログによって、自由に子供の特徴を選びやすくできるようになる。医療技術の進歩で生命をコントロールすることも可能。外国人労働者の受け入れも広がり日本人の定義が広がる。また、大規模災害の増加により、住居地を1箇所に固定するライフスタイルから複数箇所を自由に行き来するスタイルに変化。その背景には、技術や子育てなどのマッチングの定着もある。
Dチーム「復興ツーリズム〜ループ先進国日本に学べ〜 カリフォルニア在住DAVIDさんのJAPAN VISIT」
災害が多発する日本は、被災地観光が復興に役立つ社会に変化。被災地では瓦礫を原料にロボットが3Dプリンタで橋などを再建していたり、残飯を原料に菌がお肉を製造し食べ物までできていたりというように、自給自足のもとで復興が進んでいる。工場の担い手は災害教育で育った小学生で、災害が起きてもすぐに立ち直れる社会ができている。また、外国人旅行者が持ち込んだり旅先で出すゴミなども復興資源になって、災害復興の貢献につながっている。
Eチーム「日本総観光地化を実現する リアル←→ヴァーチャル体験サイクル」
ヴァーチャル体験システムメガネをかけると、現地の文化体験ができるというように他人の体験をシェアできる社会。また、旅の移動は手ぶらで、移動しながらサービスを受けられる、移動ロスがない社会では、モビルホテルに泊まりながら地区間移動を快適にでき、本来は移動にかかった時間を使って広範囲での旅行が可能に。
プレゼンの後はチーム内でこの3日間を振り返るディスカッションを行い、今回の学びを自社に持ち帰って今後にどう活かせるかといった意見を発表。インサイド・アウトから始まり、強制発想をして機会領域を作るというプロセスを経る、デザインイノベーションの方法論に接する中で、様々な気づきが得られたようでした。