Day 1
イントロダクション
人間の生活を支えるうえで欠かせない「農」や「食」。しかし、現代社会ではフードロス問題や生産現場での後継者問題などさまざまな課題を抱えている。そこで今回のプロフェッショナルデザインキャンプでは「作る人のHappy,食べる人のHappy」と題し、作る人、食べる人双方のHappyをデザインすることを目的として、未来の「食」を取り巻くシーンについて議論を深めた。
初日は、イントロダクションとして、本プログラムの全体像を明らかにするとともに、3日目に行われるプレゼンテーションに向けてインプットとなるレクチャーが行われた。
オープニングトークでは、リードカンパニーである三菱電機株式会社インターフェースデザイン部の中島康祐さんのお話からスタート。
「現在世界では、じつに食糧の3分の1が廃棄されるフードロスの状態にある。その質は先進国と途上国で異なり、前者は消費段階でのロスが発生しているのに対して、後者では消費者に届くまでの輸送・保管時などに発生するケースが多い。また、日本国内においては工場内での異物混入や廃棄物の違法流通なども社会問題化している。今後世界の人々の食糧問題を解決するためにいかにフードロスを減らして、持続可能な食料供給のしくみを可能にするかが問われている」と言い、「今回のキャンプでは、『毎日の食を安心でおいしくするしくみとは何か』『みんながハッピーになれる食のしくみとはどんなものか』について考えたい」という言葉で締めくくった。
続いて、同じくリードカンパニーであるヤマハ発動機株式会社UMS事業推進部開発部の坂本修さんから、農業を支える立場から見たお話があった。農作業の負担を減らすための機械化に取り組んできた同社では、ドローンや産業用ヘリを用いた肥料散布や機械の自動化などの実用化に成功。これらの目的は、農作業を楽にするだけでなく、農業に「かっこよさ」を取り入れ、イメージ転換を行うことも視野に入っているそうだ。「農業人口の減少と高齢化、低収入問題、後継者問題が語られるなか、日本の農業を維持し、食糧を作る人がハッピーになるために、無人化システムにどんなことができるか考えている」というお話があった。
午後からのグループワークに先立ち、株式会社日本総合研究所未来デザイン・ラボ ディレクターの粟田恵吾さんから、ワークショップで重要なキーワードとなる「未来デザイン」の考え方や、「未来洞察」がイノベーションにとってどう重要かといったレクチャーが行われ、これから3日間で行うべき基本姿勢などを学んだ。
インプットレクチャー
午後からは、京都大学農学研究科の飯田訓久先生と近藤直先生のミニレクチャー。飯田先生からは、「農業機械の自動化と情報化」をテーマに、農業機械や施設の紹介やICT
を取り入れた先端農業などを例に出しながら、現在すでに始まっている情報サービスのお話があった。先生によると、いま日本では、米の需要が減っている一方で、味に対する要求は高まっている。米づくりへの技術革新がますます求められているなかで、個別の農家の経験だけでは限界があり、今後は精密農業という手法で農業に取り組むことが重要だということであった。
続いて、近藤先生からは「ポストハーベスト技術とその情報化」という、収穫後の農業技術についてのレクチャーが行われた。「30年後には世界の人口が90億人を超えることが予測されるなかで、食糧問題を解決するためにインドやフィリピンなどの穀倉地帯の生産性をあげることが必須であり、そのための農業技術の移転が急がれる。日本の果実選別施設で行われている高センサー技術をはじめ、日本の技術が食糧問題に貢献できる」と近藤先生。近年は日本の農業技術も欧米に劣らず注目されており、アフリカやアジア地域からの留学生も増えているという報告があった。
農と食を取り巻く現状の知識を深めたところで、参加者は4チームに分かれて農業の「未来デザイン」を考えていく。株式会社日本総合研究所 未来デザイン・ラボの鈴木麻美子さんから「ワークショップは自由な発現の場、共創の場であるから、ひとりで頑張ろうとする必要はない。アイデアは質より量。多くのアイデアを編集するといいものになることもある」とワークショップの意義について説明があり、各チーム内で自己紹介を行った。
「『農』で思いつくものと、『食』で思いつくものをポストイットに自由に書いていく。キーワードだけを見ると、一見何のことかわからないものもある。それについて書いた人に聞くことで、答える方も思っていなかったいい答えを引き出せることもある。いい質問をすることで、いいチームになっていく」と、グループワークにおけるファシリテーション技術のコツについても助言があった。
未来イシューの策定
いよいよチームに分かれての作業の開始である。各チームには、博報堂関西支社マーケティンググループおよび、博報堂イノベーションデザイン/イノベーションラボのメンバーがテーブルファシリテータとして着いた。
まずは「未来イシューの策定」を行う。これは、今後10年から15年ほどの間に「農」や「食」にどんな変化が起こるか、といった仮説を立てる作業だ。宿題として当日までに各自が準備してきた「未来イシュー」をチーム内で共有してまとめ、4〜6枚の未来イシューシートを作成する。「未来イシューを考えるとき、現在の論点ではなく、未来の仮説であることに留意するように」と鈴木さん。
各チームからは、「温暖化が進み亜熱帯化することで食糧生産が工場で行われる未来」や「機械化によって作る人の育てる楽しみがなくなる未来」「ドライバー不足などによって物流の姿が変わりドローンでの配送が当たり前になる社会」などの意見が発表された。
このあと、翌日の「スキャニングクラスター」の策定に向けて、未来変化の兆しを集めた128のマテリアルの記事が宿題として配布された。
「この128の記事のなかに、もしかしたら重要な変化の兆しがあるかもしれない。直感的に気になったマテリアルを10個程度、明日までにピックアップすること。すでに知っている内容の記事ではなく、知らなかったもの、新鮮に感じたものを重視すること」(鈴木さん)
ちなみにスキャニングとは、セレンディピティー(偶発性)を自ら求めに行く行動のことで、現在の延長線上にはない「想定外の社会変化」を見通すために、既存の視野の範囲外にある兆し情報に目を向け、新たな未来観を創発する“気づき”を得に行くことを指す。
Day 2
スキャニングクラスターの策定
「2日目の午前は、前日の宿題をもとに「スキャニングクラスター(想定外社会変化仮説)の策定」作業を行った。「農」と「食」というテーマからはいったん離れ、スキャニングマテリアルから10年後の社会全体の変化を見出し、生活者の視点で仮説を作る作業だ。
前日各自が選んだ10のマテリアルについてチーム内で共有し、3〜5つ程度のクラスターへと絞り込みを行った。そして①未来変化仮説を象徴するタイトル、②概要、変化のポイント、③兆しの背景になる事象・仮説をスキャニングクラスターシートに記入する。
インパクトダイナミクス:強制発想による機会抽出
ここからは、1日目に導き出した「未来イシュー」と、スキャニングによって出された社会変化仮説を掛け合わせることで、新たな機会領域/未来シナリオを描き出す「強制発想」の作業へとつなげる。
「きのう考えた仮説と、今日考えた仮説が出会ったときに、どういうことが生まれるか。何が起こるかということをアイデアとして出していく。仮説は10年先の話、あるいは15年20年くらい先の話を『すでに起こった』という文脈で考える」(鈴木さん)
「未来イシュー」「スキャニングクラスター」ともにそれぞれ3つに絞り込み、マトリクスを描いた模造紙に書き込んでいく。強制発想は、それぞれが交差するときにどんな人物が登場し、こんな価値観が主流になり、どんな場所が象徴的になるか、などを考える作業だ。このワークショップでもっとも頭を悩ませる時間でもある。
この強制発想で生まれた「機会」を最終的にシナリオ化し、プレゼンテーションを行う。シナリオではどんなサービス商品があるかといったアイデアが重要になるため、その点を意識的に考えなければならない。「アイデアは抽象的ではなく、具体的な映像が浮かぶように書くこと」と粟田さんから注意があった。また、現時点で実現性や可能性にはこだわる必要はなく、不確実性が高くとも、実現したらおもしろい、インパクトが大きいと思えるアイデアをピックアップすることが重要となる。
ディスカッションを重ね、シナリオを作るためのテーマ(機会)を1つに絞り込んだチームから、プレゼンテーションの準備を進めていった。
シナリオ創造とアイデアプロトタイピング
シナリオ作りでは、「どういう機会なのか」がわかるように掘り下げることが重要で、そのなかで核となるサービスや商品のアイデアを考えるとともに、「10年後の○○ライフ」といったようなストーリー仕立てで発表を行う。「シナリオには具体的に誰が主役(層)で、その人たちがどういうニーズや価値観を形成しているか、それはどう構成されているか、サービスと商品をきちんと作ると機会が見えてくる。ユーザーに名前や肩書きをつけ、詳しいペルソナ像を描くことが大事」と鈴木さん。
Day 3
プレゼンテーション
プレゼンテーションでは、パワーポイントなどのほか、寸劇や立体模型によってシナリオを補足しながら発表を行った。
A:楽しい農パーク
B:心を癒すレストラン〜Heal Kitchen〜
C:ライフカウントダウン
D:味覚でつながるSNS
最後に、参加者それぞれがフィードバックシートにレビューを書き込み、気づきを振り返ることで3日間にわたって「農」と「食」の未来について洞察したワークショップを終えた。