2014/08/22

「ワークショップデザイン・シリーズ」 vol.2 レポート

デザインフォーラム 「ワークショップデザイン・シリーズ」 vol.2

気持ちが置いてきぼりの議論から抜け出すために。
『絵筆が教えてくれるワークショップ成功の秘訣』
登壇者:やまざきゆにこ氏  2014年7月12日開催

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さまざまな分野の最前線でワークショップを企画・運営するワークショップデザイナーを招き、設計論や心構え、ノウハウを惜しみなく語っていただく本シリーズ。第2回目は「グラフィックファシリテーション」というアプローチを用い、過去300を超えるワークショップに携わってきたやまざきゆにこ氏をお招きした。

言葉と文字だけでは伝わらない会議室でのモヤモヤを解消する方法とは?そして、未来への具体的なアクションを引き起こすモチベーションを高める方法とは?

一般企業から官公庁、公共施設、教育機関まで、幅広い場面で活躍する「ワークショップ」を成功へと導くヒントを、たっぷりとお聞かせいただくことにした。


「グラフィックファシリテーション」とは?

「議論は進むけれど、イメージしているものが揃わない」「メンバー間で情熱に温度差がある」「アイデアを文字で記録できても、そのときの気持ちまで残せない」といったコミュニケーションのギャップをつなぐのが、第三の目とも言える「グラフィックファシリテーション」。

壁一面の「模造紙」と「絵筆」を使って、その場で交わされた言葉、想い、雰囲気を表情付きのイラストで描き込み、壮大な絵巻物を完成させていくワークショップ手法だ。

盛り上がった議論も、迷走・停滞した場面もありのままに残すので、後から振り返ったときに、ゴールや課題が明確に。さらに、発言やアイデアにはそのときの「気分」が盛り込まれたイラストが添えられるので、場の雰囲気やゴールの様子をいつでも具体的に共有できるというメリットが生まれる。

また、絵の世界にある余白・遊びから新たなアイデアが出たり、一つひとつを絵にしていくことで堂々巡りの議論や机上の空論を排除しやすいのも、テキストベースの議事録よりも優れたポイントだろう。

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ゲストは、ワークショップでの発言だけでなく、空気感までも紙の上に表現するやまざきゆにこ氏。「グラフィックファシリテーターgraphicfacilitator」という肩書きは、やまざき氏の登録商標だ。


事前の準備は、ワークショップの基本中の基本。

「絵を描く人」やまざき氏がワークショップに際し大切にしていること、それは事前準備。「限られた時間の中で、最大限の成果を出すには、どんな話し合いの流れがベストか」「参加者の発言の質を上げるには、場のつくり方はどうあるとよいか」などを、主催者や当日のファシリテーターと綿密に打ち合わせる。「参加者リスト」を必ず確認するのも、事前準備の一環。職業や役職はもちろん、可能であればその人の性格まで把握し、参加者全員が同じ立場で意見を出せる工夫をする。

そして、その日行うワークショップのゴールを「松・竹・梅」のような形で想定しておく。すべてが予定通りにいくわけではないが、可能な限り不確定要素を排除することで、成果を最大化できるように心がけているそうだ。

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「ワークショップ当日だけの私を見ている人は、"やまざきさんは、発言を絵にするだけの人"と思われるかもしれませんが、実は私の仕事の9割は事前準備だと考えています。参加者の皆さんは、忙しい中で時間を割いて参加してくださっています。だから、主催者の一員としては、必ず何かを持ち帰ってもらいたいと思いますし、そのためには準備に手を抜くことは絶対にしたくない」(やまざき氏)

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感情豊かに過去の成功や失敗を語るやまざき氏。参加者からもたくさんの笑顔がこぼれた。


ネガティブな話題は共感できる。

さて、ワークショップ当日は、どんな風に進めればより活発な議論が生まれるのか。そのヒントが、理想やあるべき姿といったポジティブな議論からはじめるのではなく、あえて「ネガティブな議論」からスタートするアプローチだ。

まず参加者たちには不安や不満に思っていること、「なんだかイヤ」のようなモヤモヤした想いを吐き出してもらう。そうすることで、アンケートや表計算ソフトでつくるような形式的なリストよりももっと人の心に寄りそった課題を見つけることが可能になる。また、これをはじめにすることで参加者同士の距離がグッと近くなるという。

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「与えられた課題よりも、日常の中で感じる不安や不満の方が断然盛り上がるんですよね(笑)。共感が生まれることで、参加者同士のテンションがひとつになります。それに、こうしたステップを踏んだ上で議論に入る方が、その後話す課題を"自分ごと"に感じてもらいやすくなります。また、よく耳にするのが"うちの村は過疎化で......""少子高齢化が進んでいて......"という話。そんな課題なら、新聞を読めば分かります(笑)。大事なのは、その課題に直面している人が、どう感じているのか。わざわざ人が集まっているんだから、どんな風に困っているのか、悩んでいるのかを話してもらいたいと思います」(やまざき氏)

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そうして普段のモヤモヤを出し切れたら、ようやく未来に向かっての議論がスタートだ。ネガティブな議論であぶり出された課題を解決する方法を考えていく。その際に気をつけたいのが、解決策は「何ができるか(CAN)」や「どうすべきか(SHOULD)」ではなく、「誰をどうしたいか(WANT)」で問いかけるということ。できることとできないこと、やるべきこととやるべきでないことといった枠組みでは越えられなかった壁も、具体的な人を思い浮かべ、その人にどんな気持ちになってほしいかを考えることで乗り越えられることがある。ネガティブな「気持ち」には、ポジティブな「気持ち」を。参加者たちのモチベーションを高く維持するためにも、ぜひ覚えておきたいアプローチ方法だろう。

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メールやLINEが流行っている時代だからこそ、参加者同士で面と向かって気持ちを共有したいのかもしれない。ネガティブな話題から笑いが生まれ、議論に拍車がかかることも。


その話、表情を描けますか?

グラフィックファシリテーションを取り入れることで、議論の仕方自体の問題を浮かび上がらせることもできる。たとえば、出来上がっていく絵巻物の中に人の顔がまったく描けないとき。そんなときには生活者やユーザーの気持ちが取り上げられていない、分かったような気になっているキーワード先行の抽象的な議論が進んでしまっているということを認識する必要がある。

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「"私たちが暮らす社会が"って、どんな悩みを持った私たちのこと?"絆が深まる社会"って、誰と誰の絆?"地域で一番の店舗"って、誰にとって?

そこの議論がなされないまま話が進んでも、具体的なアイデア、行動にはまったく移せません。だから私は絵巻物の中にできるだけ人の顔を描けるように、ファシリテーターの方にディスカッションの進め方を工夫するようお願いしています」(やまざき氏)

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主語が「大学が」「社会が」「企業が」となっている場合も注意が必要だ。一見具体的に話しているように見えても、まだ自分ごとになっていないことが多く、上辺だけの議論になってしまう危険性も。「私が」「おじいちゃんが」「隣の家の子どもが」など、なるべく主語が具体的な議論になるようにしたい。

また、議論を一歩先に進めるためには、「課題を少し未来にずらす」というのもひとつの方法だと言う。

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「"では、その課題がこのまま続けば3年後はどうなりますか?"と問いかけてみてください。深刻度合いがさらに増し、参加者たちが共通の危機感を持って話し合ってくれるようになります」(やまざき氏)

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やまさき氏がよく使う表情がこの9パターン。これに輪郭や髪を描き加えるだけで喜怒哀楽のある人物を表現できるので、ぜひ練習しておきたい。


ワールドカフェで、グラフィックファシリテーションを体験。

ワークショップの後半は、グラフィックファシリテーションの一端に触れるためにワールドカフェを行った。ワールドカフェとは、各テーブルに少人数で座り、一定時間ごとにホスト役以外のメンバーを入れ替えながらオープンな対話を行っていくスタイル。今回は全体の時間を3つのラウンドに分け、それぞれテーマとメンバーを替えながら、自由に議論してもらった。

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後半はワールドカフェスタイルで、グラフィックファシリテーションを体験。

第1ラウンドは「2020年の観光立国・日本のあるべき姿」という、あえて抽象的なキーワード、練られていない問いで議論をしてもらった。、第2ラウンドは「兵庫県姫路市在住のこずえ(89)が、2020年の東京に行きたくない理由とは?/ブルガリア人女性エレナ(28)が、2020年の東京に来て、心細く思うときは?/2020年、東京に住んでいるのに盛り下がっている人は誰?どうして?」という、人がみえる、深めた問いの中からひとつ選んでもらい、個性的なアイデアや、ユーモラスな意見が次々に飛び交う違いを体感してもらった。

同じテーマ・異なるメンバーの第3ラウンドが終わったところでいよいよ、参加者自身の手でグラフィックを描いてみる。これまで出たアイデアや意見の一つひとつに表情を描いていくのだ。やはり絵に起こしやすいのは具体的な課題、人、アイデアが示されているもの。逆に漠然としていたり、人の気持ちにまで落ちてきていないアイデアは、なかなかペンが進まない様子だった。また、イラストを添えることで、その紙に書かれた発言が活き活きと見えてくるから不思議だ。この日、ワークショップに参加いただけた皆さんには、その難しさと魅力を存分に実感いただけたのではないだろうか。

グラフィックファシリテーション。もちろん、それがワークショップのすべての課題を解決してくれるわけではない。しかし、気持ちが置いてきぼりの議論、実現性の低い夢物語のようなアイデア、イメージを共有しきれないままの結論といった、ワークショップで起こりがちな失敗を防ぐのに、大きな効果を発揮してくれるだろう。

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同じ発言でも表情があるだけで、一気にイメージがしやすくなる。

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お互いのイラストを見て笑い合う参加者たち。

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さまざまな意見、イラストが出来上がった。