2015/04/09

「政策デザインシリーズ」vol.1 レポート

デザインフォーラム「政策デザインシリーズ」vol.1

デザイン思考活用に関する政策研究セミナー

講師:藤澤 崇彦氏 (経済産業省商務情報政策局クリエイティブ産業課課長補佐/デザイン政策室室長補佐)
日時:2015年3月20日(金)10:00〜12:00


1 クールジャパンの推進

今日は経済産業省が行っている「クールジャパン戦略」と「デザイン政策」について、過去の例をふまえてお話したいと思います。
クールジャパン推進の背景には今後見込まれる内需減少の経済環境があります。大手企業はすでに海外でのビジネスに成功している例もありますが、「衣」「食」「住」やコンテンツなどのクリエイティブ産業は付加価値の源泉になるものの、海外に十分に進出できていないという状況です。そのため、クリエイティブ産業の分野でも海外需要を獲得して日本経済の成長につなげようということが、クールジャパン政策の狙いです。経済産業省としてはクールジャパン政策を民間のビジネスにつなげ、世界に発展させていく役割を担いたいと思っています。
20150320KRP_0013.jpgクリエイティブ産業が海外へ進出する足かせとなっているのは、海外での拠点や連携先がないことに加え、資金調達の問題が挙げられます。そんななかで、海外展開をどう進めるのか。まず取り組んでいるのが「日本ブーム」の創出。そして現地で稼ぐためのプラットフォーム作り、最終的には現地の人を日本に呼び込んで日本での消費を促すという循環を作るべく、クールジャパン戦略を進めています。
日本ブーム創出にあたっては、「ローカライズ&プロモーション支援」を行っています。これは日本のコンテンツを世界に発信するための支援策で、たとえば人気アニメに現地語の字幕を付けるための助成金を出すなどの実績があります。「日本のアニメで登場人物がランドセルを背負っているのを見て欲しいと思った」といって、来日する外国人がランドセルを買うといったようなケースも徐々に増えており、この施策の波及効果の表れの一端ではないかと思います。また、海外での見本市などへの出資を行う「プロモーション支援」も実施しています。
デザインに関連する取り組みとして「JAPANブランドプロデュース支援事業」というものがあります。海外に出たい中小企業に、海外事情に通じたデザイナーやプロデューサーとチームを組んで頂き、共同で1年間海外の販路開拓をやってもらおうというもので、デザイナーやプロデューサーの費用負担をするという枠組みです。日本酒の「獺祭」プロジェクトが成功例として有名ですが、播州刃物や有田焼なども軌道にのっているとうかがっています。
また、海外に出て行くために現地企業とのマッチングや、新興国におけるテストマーケティング、「クールジャパン機構」というファンドにリスクマネー供給機能を持たせた支援も行っています。

2 デザイン政策の概要

ここからはデザイン政策について。世間一般ではモノの色・形を創作することのみがデザインと認識されることも多いわけですが、近年は「デザイン思考」という概念もあり、形を作ること以外にもデザインが活用され、「デザイン」という言葉が広義に解されるようになってきています。経済産業省では、「デザインのプロセスはまず問題の所在に気づき、観察して何が問題か抽出すること。そしてそれをアイデアとして具体的な形に発想し、具体的に見える形で作って、それを人に伝える。販売や広告など、アウトプットで考えることも含めてデザインである」と捉えています。
デザイン政策の柱として、まず企業経営者がデザインの重要性を理解して、デザインを経営の中核として活用することの有用性を浸透させていくことが重要であるとの考えを持っています。デザインに係る教育も重要な視点で、デザイン思考が出来る人材を排出するための、領域複合的な教育や実践的な人材育成が必要では無いかという問題意識を持っています。また、国際化を推進することも重要で、国際的にクリエイティブな活動をしていくための環境整備として、グッドデザイン制度の国際展開や世界に日本のデザインを知ってもらうこと、これらをデザイン政策の柱として捉えています。
2003年からデザインをブランド確立のためのツールとして活用できないかとの問題意識から「戦略的デザイン活用研究会」が始まり、2007年からは「感性価値」を日本の競争力の源泉にできないかと考え、「感性価値創造イニシアティブ」をスタートさせました。それらの検討を踏まえて2010年から始まったのがクールジャパン戦略です。
昨年作成した「デザイン政策ハンドブック2014」にはこれらデザイン政策の取り組みをまとめており、横断的に日本各地で実施しているデザイン政策も見ることができます。また、デザイナーのデータベースとなるサイト「JAPAN DESIGNERS」も開設しました。デザイナーの力を借りて新たに商品を開発しようとする中小企業等に活用していただくためのもので、海外企業も利用できるように英語にも対応しています。

3 デザイン思考の活用

「デザイン思考」とは何か、人により解釈の差があると思います。IDEOのCEOによると、「デザイナーの感性と手法を用いて人々のニーズと技術の力をと取り持つ」ことで、企業戦略にデザイナーの感性と手法を取り入れ人々のニーズにあった顧客価値を創出するものが「デザイン思考」だと考えています。20150320KRP_0033.jpgのサムネイル画像
現在日本企業でも、イノベーションを起こすための要素という文脈でデザインが語られる状況です。イノベーションを構成する要素として、"Ten types of Innovation"という書籍では10要素が挙げられています。それらをさらに①製品・システムデザイン、②経験デザイン、組織デザインの3つに整理し、これらを考慮して事業を組み立ていくことがイノベーションを起こすために必要な要素だと説かれています。そして「デザイン思考」を実践するに際しては、①ユーザー視点での問題理解、②多様な選択肢と統合、③ビジュアライゼーションの要素を入れることである、と考えています。
デザイン思考通じてイノベーションを実現するためには、まずデザイン思考を導入し、(1)チーム組成、(2)アイデアの創出、(3)投資先の選別、(4)市場への本格投入というサイクルを作ることが重要だと考えています。それを実現するための課題として(1)「デザイン思考の組の共感者をいかに増やすか」、及び(2)「実際の投資や事業化までつながる案件をいかに増やすか」が課題であると整理し、報告書ではその解決のアプローチに言及しています。
デザイン思考を活用した具体的な成功事例としては、家庭で計測した血圧データを自動で送信し、医師と情報を共有できるサービスを持つオムロンヘルスケアの「血圧みまもり隊 Medical Link」や、"家族で鍋を囲むようなイメージで使えるゲーム機"というコンセプトから出発し、試作を繰り返した任天堂の「Wii」などが挙げられます。

4 キッズデザインの推進

経済産業省では、子どもがユーザーとならない製品であっても、子どもが触れるすべての製品に対して配慮をしようという「キッズデザイン」の推進をしています。たとえば、炊飯器から発生する蒸気で子どもが熱傷をするという事故例が多発していることを背景とした蒸気が外に出ない炊飯器があります。蒸気が外に出ないことでよりご飯がおいしく炊きあがる上、蒸気がこもらないため棚の中にも収納できるという収納性もアップするという付加価値も生まれたこの製品はキッズデザインの好例です。
子ども・子育て製品は日本が強みを持つ製品分野であると考えています。安全規格・安全基準がしっかりとしていることから海外でも信頼性の高さが評価されています。
では、新興国をはじめ海外で日本の子ども・子育て製品を展開するにはどんな基盤整備が必要でしょうか。そのためアジア諸国の知的財産制度や安全基準の整備状況や現地の商慣習について調査を行いました。調査によると、現地での商品展開にあたっては知財保護の必要性を実感している人が圧倒的に多く、とくにアジアでの知財保護では特許と比較して商標・意匠制度の利用が多いことがわかりました。一方で、日本の企業は国内の消費者のみを想定しており、各国の子どもたちの体格や生活様式を十分に把握できておらず、十分なローカライズができていないという問題点が浮き彫りになっています。
市場としての魅力は十分にあるものの、日本とはビジネスの慣習が異なっており、流通が整備されていない場所でどうすればうまくビジネス展開ができるのか。海外展開にむけて必要な対応として4つの論点をまとめ、国や公共機関の立場で行える支援基盤の整備を示唆を得ました。

5 デザイン開発技術の追加

今年2月9日、「中小企業のものづくり基盤技術の高度化に関する法律」に基づく「特定ものづくり基盤技術」に、「デザイン開発技術」が追加されました。これは中小企業のものづくり支援を狙った法律で、今回の追加は、自らデザイン開発に取り組む中小企業が明示的に支援対象になったことを意味しています。
「デザイン開発技術」とは、「製品の審美性、ユーザーが求める価値、仕様によって得られる新たな経験の実現・経験の質的な向上等を追求することにより、製品自体の優位性のみならず、製品と人、製品と社会との相互作用的な関わりも含めた価値創造に繋がる総合的な設計技術」と定義しています。ユーザーエクスペリエンスに配慮された開発も「デザイン開発技術」に入り、認定を受けた中小企業は、特許料の軽減をはじめ戦略的基盤技術高度化支援などを利用することが可能になります。
20150320KRP_0070.jpg戦略的基盤技術高度化支援事業では、大学も含むコンソーシアムなどの中に認定を受けた中小企業も加わって、新たなデザイン開発を行うための支援も行っています。最長3年間にわたって補助を受けることができ、開発プロジェクトに応じて手厚いな支援を受けることができます。「デザイン開発技術」に係る応募は、来年度が初年度であり、きちんと事業計画を立てて申請をすれば通る可能性も高いと思われ、これら支援スキームを上手に利用して頂きたい。
デザインを積極的に推奨していくとともに、デザインを適切に保護することも重要で、特許庁では創作されたデザインを意匠権として保護する「意匠制度」を所管しています。ここで意匠とは工業製品の外観デザインを指しますが、意匠権を付与されると一定期間そのデザインを独占的に使用することができます。意匠権で守られることでデザイン開発に費やした投資の回収の機会を得ることができ、更なる意匠の創作を推奨して産業の発展に寄与しようというのが狙いです。意匠権は模倣品の排除だけでなく、戦略的活用によりブランド保護の役割も担うことも出来ます。