Design Seminars

「Professional Design Camp 009」レポート


デジタル技術の進化がもたらすコミュニケーションの変容をどう生きる? 〜仮想と現実の間に広がるビジネスの可能性〜
開催日:2022年7月19日(火)、25日(月)〜26日(火)
会場:京都大学百周年時計台記念館 2階 国際交流ホールI
参加人数:18名
ファシリテーター:
 荒川崇志(NPO法人場とつながりラボhome's vi)
 山本彩代(NPO法人場とつながりラボhome's vi)

コロナ禍以降、私たちの暮らしは行動が制限されるなかで、オンラインによるコミュニケーションが浸透しました。また、それを支えるICT技術の発展により、今後はさらにリモート/バーチャルな活動の促進が予想されています。
今回のプロフェッショナル・デザインキャンプでは、コミュニケーションのあり方が変化するなかで、20年後の未来に広がるビジネスの可能性についてシナリオプランニングをベースとした手法で探索しました。

PRE 7月19日(火)14:00〜17:00(オンライン)

オンライン上で開かれたプレミーティングでは、まずはZoomの簡単な操作確認を兼ねたウォーミングアップからスタート。3〜4人1組での自己紹介によるチェックインで参加者同士の交流を行なった後、今回のワークショップについての概要説明が行なわれました。
「20年後の社会に提案できる商品やサービスを探るポイントは、現在から20年後に至るまでのプロセスを描いていくこと。そしてそれを合理的に推論できるようなストーリーとして描くこと」と、荒川さんはシナリオプランニングを行なう際の注意点を説明。「想像や予言でなく、自分の価値観をもとに未来に何が起こるべきかを描くことを意識しながら進めていきましょう」

プレミーティングでは、未来を考えるための情報提供として京都大学の喜多千草先生に「未来予測と技術コミュニケーションの変容を題材に」をテーマに講演を行なっていただきました。
コンピューティングの歴史が専門の喜多先生は、アメリカの計算機科学者Alan Kayによる「The Best Way To Predict The Future Is To Invent It.」(未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ)という言葉を例に挙げ、「自分が得意とする分野で良いので、現状を踏まえた上で未来を考えていくことが大事です」と、未来予測への向き合い方を紹介。

また、過去から現在に至る情報技術と社会の変化について振り返り、「知識産業」の存在が意識されるようになり、物体ではなくbitでお金を稼ぐビジネスが増えてきたことにより社会構造に変化が起こってきたことを、『情報社会論の展開』(田畑暁生)、『ビーイング・デジタル』(ニコラス・ネグロポンテ)、『e-topia』(ウィリアム・J・ミッチェル)などの参考資料を出しながら説明。情報革命によって地理的な限界、時間的拘束がなくなってきたとともに、さまざまなコミュニケーション手段が発展してきた経緯が紹介されました。
さらに、1970年のテレビ電話の広告例を出しながら、「当時はテレビ電話というコミュニケーションを実現しようと考えたとき、テレビという発想からなかなか逃れることができなかった」と指摘。固定観念が強固で、目の前のものに縛られてしまったためであるとし、「未来のコミュニケーションを考えるとき、今支配的なものから離れて発想するのは難しい」と、発想の転換の重要性についてもお話がありました。
一方で、1991年にユビキスタスコンピューティングを提唱したことで知られる論文「The Computer for the 21st Century」(マーク・ワイザー)に「Pad」というデバイスが登場したものの、当時はその発想がなかなか伝わらなかったそうです。そのため、「目の前にある技術に縛られずに自由に発想すると同時に、新しい発想をどうやって伝えるかということも大事」とアイデアの表現方法が普及を左右しうると指摘。アニメーション動画やシナリオ、3Dモデルなどで思想を表現する方法もあるとし、「デスクトップメタファーからいかに離れるかで、次のコンピューティングが生まれるのではないか」と、技術革新への展望が示されました。

【宿題】

自社の理念、ビジョン、自社が大切にしていることを語れるようにしておくこと!

DAY1 7月25日(月)9:30〜17:30

リアル開催となったDay1の冒頭では、実行委員の河邊祐之介さん(横河電機株式会社)より「想定よりもデジタルの進化が早く、企業の進化が間に合わない場合もある。特に世の中がコロナ禍によってデジタル化を早め、ビジネス環境も変化している。電話やテレビが世の中を変えたように、今後どんな変化が起こり、どんな未来になるかをみんなで考えてください」と挨拶がありました。

さて、ワークショップはウォーミングアップでスタート。まず、事前配布された自己紹介シートを参考にした上で、「自分と違うタイプの人」や「グループを組んでみたいと思う人」など多様性をキーワードに4人1組となるチームを作ります。それをホームグループとし、自己紹介を兼ねたチェックインを行ないました。

続いて、「ハイパーデモクラシーに向けて AIによる大規模合意形成」をテーマに京都大学大学院情報学研究科教授の伊藤孝行先生による情報提供をいただきました。
伊藤先生の研究は、コレクティブインテリジェンスと呼ばれる集団知性や集合知による問題解決を行なうというもの。「SNSによって離れた場所にいる人たちと意見やコメントの共有をすることができるようになりましたが、さらに交渉したり、合意形成、意見集約をすることはなかなか難しい。そこを、人工知能を用いたマルチエージェントシステムでサポートします」。
人工知能は1人の人間の知能の計算モデルであるのに対して、マルチエージェントシステムとは社会の知能の計算モデルで、何かのシステムそのものを指すのではなく研究分野のこと。例えば、人間と人間あるいは社会と社会のインタラクション、交渉や提携合意を知的に自動化していくことを、人間に代わって行なうことを目指しています。
なかでも伊藤先生は合意形成や意見集約に注目し、人間に代わって議論のファシリテーションを支援する仕組みCOLLAGREE、さらに議論を合意形成まで導くオンラインプラットフォームD-Agreeを構築。実際に名古屋市やアフガニスタン・カブールにおける市政運営に関する議論形成に導入され、効果的な役割を果たしているという事例紹介がありました。
今後は、これらのシステムをさらに進化させ、国際紛争等の課題解決に向けた支援などにも取り組みたいというお話がありました。

ここからはいよいよシナリオプランニングの実践です。シナリオ作りに際しては、「今後起こり得ることに注目して、起こり得る可能性のあるシナリオ」の完成を目指します。まずは、これまでの情報提供の内容を振り返りながら、印象に残っていることや、今後の可能性についてホームグループ内で共有し、模造紙に書き込んでいきました。また、「今後20年間で物事が非常にうまく進んだ場合、私たちの暮らしはどのような変化が起こる可能性があるか」「今後20年間で物事がまずい方向に進んだ場合、私たちの暮らしはどのような変化が起こる可能性があるか」についても話し合いました。

今回のワークショップには約20名が参加。適宜、他のホームグループとメンバーチェンジを行ない、それぞれのグループ内の情報を共有。自分たちとは異なる視点や発想に触れ、刺激を受けながら進められていきました。
ポジティブな未来とネガティブな未来の可能性について出揃ったところで、その中からさらに「起こる可能性の高いもの」を3〜5つ選ぶ作業を個人で行ないました。

続いての作業は、ドライビングフォースの探求です。ドライビングフォースとは駆動力のことで、ここでは未来を動かす要因となるものを指します。つまり、自分たちが考えた「未来に起こり得ること」にインパクトを与え、未来を動かす要因になるものは何かを考えていく作業です。ここで大事なのは、「漠然とした想像」ではなく、「根拠があることの延長線上」にある要因であること。出てきたドライビングフォースを、「論理的に確実なこと」「論理的に不確実なこと」「論理的に起こり得ないこと」の3つに分類しておきます。

「未来に起こりうること」の姿が大まかに見えてきたところで、レゴブロックを用いてその「未来」の姿を表現するという、未来シナリオ作りをしました。レゴを用いるのは、頭ではなく手を動かして表現をする練習でもあるのだそうです。
この作業では「正しさや間違いは気にせず、とにかく手を動かしてください」と荒川さん。なぜそうしたのかという理由は、後回しに。完成後に作品のストーリーをグループ内で共有し、さらに個々の作品を統合して大きなストーリーに仕立てます。
各グループ間でも共有とフィードバックを行なって、再度ストーリーを練り直してDay1の未来シナリオを仕上げていきました。
最後に全体で共有し、チェックアウトをして1日目を終了しました。

DAY2 7月26日(火)9:30〜17:30

Day2も前日と同じくホームグループ内での簡単なチェックインからスタートしました。
最終日のこの日は、前日までのプロセスから進み、「2042年に向けて変化していく私たちの暮らしの変化に関するシナリオ」を描いて、プレゼン発表まで行ないます。そのための手法として取り入れるのが未来デザインです。未来デザインは、未来に向けて自分たちのアクションを考えるための思考プロセスのことで、通常は、〈理念〉〈現状把握〉〈未来像〉〈要所解明〉〈方策立案〉の5つのプロセスに添って、5枚のワークシートを用いて進めていきますが、今回は簡易版として4シートで体験しました。

1)理念探求

未来デザインの最初のプロセスである〈理念〉は、今回考える商品やサービスのコアになる部分で、現在所属している会社のアイデンティティや自分自身が大切にしていることを今一度振り返っていきます。ここでは2人1組になって、インタビュー形式で理念を再確認しました。
インタビュー後はメモをもとにキーワードを抽出し、未来デザインシートに1つか2つの文章にまとめます。

2)現状把握

理念の整理ができたら、次は会社や私たちを取り巻く〈現状の把握〉を行ないました。ここでは「マインドマップ」と呼ばれる手法によって、連想法的に考えていきます。
マインドマップの中央に自社名を書き、その周辺に会社を取り巻く状況を書き出していくことによって、人やモノ、コトなど、会社や事業を取り巻く現状が浮かび上がってきます。ここで浮かび上がった環境・状況を未来デザインシートに表現し直すことにより、自分が実現したいことが視界良好なのか困難なのかという客観的な状況が見えてきます。

3)未来像の探求

ここからは、実現したいことに向けて何かアクションを起こしたとき、社会や人々の暮らしがどのような状態になっていれば理想的か、逆に避けたいのはどのような状態か、真逆の2つの未来像を考えてみます。
その手法として使うのが、雑誌を用いたコラージュです。写真やテキスト、イラストなどの素材を使い、「望む未来」と「望まない未来」の光景を表現します。完成したコラージュをそれぞれ言語化して、グループ内で共有しました。

4)方策立案

最後に、望む未来を作る/望まない未来を作らないためにどんな商品またはサービスが必要か、そして自分は何をする必要があるか、というアイデアを出していきます。
アイデア出しにあたっては、グループ内でブレインストーミングを行ないました。
「ブレインストーミングでは、質より量が大事。思いつきも大歓迎です。自発的に互いのアイデアを盛り上げていくことを意識しながらアイデアを出してください」。
こうして出されたアイデアの中から、互いに良いと思うもの、やってほしいと思うものを選び、どんなサービス、商品が可能か考えていきます。

今回のワークショップの最終目標でもある方策立案は、ヒコーキモデルと呼ばれるシートを活用して書き出していきます。ヒコーキの形状を模したシートに①企画の背景、②思い、③主なターゲット、④マーケティング、⑤ポテンシャル、⑥強みと弱み、⑦企業の方向性、⑧コンセプト、⑨企画タイトルを、これまでに導き出してきた未来シナリオのストーリーを振り返りながら埋めることで、自分が作りたいと考えた商品/サービスの形がクリアに浮かび上がってきます。
シートが完成したところで、グループ内で共有をして終了です。

コミュニケーションが変容するなかでのビジネスの可能性について考えてきた2.5日間。未来に向けて自分たちのアクションを考えるための思考プロセスである未来デザインを、他の組織、立場の人たちとともに体験することで、多くの新たな価値の発見がありました。
荒川さんから最後に、「アイデアは出し切ることが大事。出し切らずに先へと進むと、後から出てきたものに引っ張られます。頭を柔らかくして発散し切ってください。また、いろんなアイデアを取り入れようとすると丸くなってしまいます。いろんな意見を取り入れるのではなく、提供するアイデアを見極めて、アイデアを尖らせることを意識してください」とアドバイスがありました。
また、最後のチェックアウトでは、長らくリモートワークが続いてきたなかでのリアルな場での交流に刺激を受けたという声、普段接することのない他企業、他業種の人との共創に新しい可能性を感じたなど、オンライン上でのコミュニケーションが浸透した社会であっても、対面だからこそ得られる充足感があったという意見が多く寄せられました。

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