Design Seminars

デザインセミナー Series V 「Productive Aging Society」1」レポート

 

「高齢者の潜在能力活用による「人間力の持続性」を保証する社会の実現」
開催日:2019年4月17日〜19日
会場:京都リサーチパーク4号館地階 バンケットホール

少子高齢化社会を迎え、生産年齢人口の減少や公的医療費の増加などが問題として語られるなか、高齢者の潜在能力を活用することで労働力不足対策と消費拡大を実現するためには、どんな仕組みが必要なのでしょうか。
かつては65歳以上を「高齢者」と定義していましたが、年々身体的にも精神的にも若々しい人が増えていることから、高齢者の年齢引き上げが議論されるなど、「高齢者」のイメージも変化してきました。加齢とともに身体機能や認知機能、社会機能に低下が見られる一方で、精神性が安定するなどポジティブ情動については若年層よりも成熟しているとされています。
今回のデザインセミナーでは、3日間にわたって高齢者の身体機能・認知能力の実際について各領域の専門家からレクチャーをいただいて現状の課題を知るとともに、高齢者の潜在能力を活用するためのデザインに取り組みました。

Day 1〜 高齢者の特徴についての学習

初日は、高齢者の特徴について学ぶことからスタートしました。ファシリテーターを務める京都大学工学研究科の椹木哲夫先生によると、高齢化が進む社会では「プロダクティブ・エイジング(生産的高齢者)社会」をデザインすることが求められるということです。「高齢者にとって優しすぎる社会が必ずしも求められるものではない。むしろ高齢になっても働き続けられる社会、働くことに喜びを見出せる社会。極言すれば働くことで元気になる社会。そういったものをAI技術などに紐づけてどう実現するか」と椹木先生。
高齢化にともなう生産年齢人口の減少を補うためにはAIやロボット技術による省力化も欠かせませんが、そのために重要なのが、「作業者が高齢化しても何かで補い協働が実現できること」「安心して働くことのできる政策」です。
そのような観点から注目されているのが「レジリエンス」という概念です。一時的に不適応状態に陥ったときに、それを乗り越えて健康な状態へ回復していく力のことで、高齢者の健康状態をいかにレジリエントなものに保てるかということが求められます。
また、人とロボット、人と自動化をどう役割分担し、協働するかについて、トヨタ自動車の事例をもとにした紹介がありました。


続いて、日本薬理評価機構健康医科学センター長の岡本摩耶さんから「Frailty」についてのレクチャーがありました。平均寿命が上がっていくなかで、高齢者を社会で支え、高齢者に活躍してもらえる社会システムを考えるために重要になってくるのが「フレイル」の予防だそうです。フレイルとは、加齢によって日常生活や自立度の低下を経て要介護の状態に陥っていくなかでの、心身機能の顕著な低下のこと(虚弱=Frailty)で、日本老年医学会によって「フレイル」と名付けられています。健常な段階から「フレイル」を予防するためには、生活習慣病や運動機能・認知機能の低下を防ぎ、社会的に関わり続けることが大切だということでした。具体的に「フレイル」の予防に大切なのは、①持病のコントロール、②感染症の予防、③日常生活に運動を取り入れる、④バランスの良い食事、⑤口腔・嚥下機能を保つケア、⑥社会との関わりという6つが紹介されました。


午後からは、京都大学工学研究科の富田直秀先生から、福祉現場における問題についてのお話がありました。福祉現場で医療機器のニーズ調査が行われている一方で、福祉技術がなかなか事業化されない背景には、その技術の恩恵を受ける人が対価を払うことができないなどの問題があります。福祉現場で疲弊しながら働く人たちをサポートすることの難しさを感じる中で、富田先生が見出したのがアートの必要性だとか。「ニーズを言葉にすると同じものになってしまうので、絵に描いて表現する」という手法で、様々なアイデアを生み出して福祉現場に取り入れた事例が報告されました。また、今回のセミナーの参加者同士でペアを組み、お互いにアイマスクをした状態で「高齢者になったときの暮らしのイメージ」を聞き取ってイラスト化するというミニワークショップを行い、見えない世界で表現をするという体験をしました。

続いてのレクチャーでは、英国UCL客員研究員で京都大学教育学研究科白眉センター准教授の高橋雄介先生に、イギリスからwebカメラを通じて「高齢者のパーソナリティ」についてお話をいただきました。加齢とともに身体機能、認知機能、社会機能が低下することから高齢者に対してネガティブなイメージがありますが、実際には高齢期になると感情が平板化し、ネガティブ感情が低く、ポジティブ感情が高くなり、若年者よりも情動のコントロールができる傾向が見られるというお話がありました。
「人間のパーソナリティ特性は5つの次元(神経症傾向、外向性、経験への開放性、調和性・協調性、勤勉性・誠実性)で説明することができますが、神経症傾向以外は上がり続け、生涯を通じて成熟する方向に成長していきます。また平均寿命が長い国の方が1人あたりの実質所得の伸びが高く、健康が富を生じさせる傾向があります」と高橋先生。 高齢者には「できない」というネガティブイメージは認知バイアスによるものであり、世界には高齢のビッグ・ビジネスリーダーが多数存在しているように、高齢者にも「できる」ことを探していくべきだというお話がありました。


初日の最後は、参加者同士でペアを組み、自分自身の身近にあった高齢者との体験をお互いに聞き出してシートに記入し、問題をリフレーミングするというミニワークショップを行いました。パートナーの抱える課題に対するニーズを満たすと思われるアイデアを絵で表し、互いに評価をしあったのち全体発表を行い、初日を終えました。

Day 2〜 レジリエントな作業環境と職場のデザイン

2日目は、三菱電機株式会社情報技術総合研究所の加藤嘉明さんによるレクチャー「ものづくり現場での高齢者雇用」からスタート。
日本の製造業の現状と課題についてのお話では、日本のものづくりはGDPの2割を担っているものの、海外生産が急増したことで付加価値総額、利益率、雇用も減少しているということでした。また、生産年齢人口は1990年をピークに減少し、世界においても2030年から生産年齢人口の減少が始まるため、外国人労働者の受け入れがいずれ難しくなると予想され、国内でカバーしていかないといけなくなるそうです。
大量生産の場合は自動化中心のものづくりがされてきましたが、ニーズが多種多様になってきたことで自動化の範囲が狭まって、人の作業が増えているにも関わらず人手不足で対応する人がいないことや、熟練技術者の技術の伝承も問題になっています。そういったことから、高齢者に労働力となってもらうためには労働意欲、動機づけが重要になります。
実際の高齢者雇用事例を見てみると、大企業においては若い人の雇用も可能であり、高齢者を無理やり雇用する必要性がないという面もあります。
一方で中小企業は若い人が入ってこないので、できるだけ今いる人に働いてもらったり、大企業を定年した人を雇用するなどしたりして、人員確保の工夫をしています。
高齢者が生き生きと活力を持って働き続けられる環境を、社会としてどのように作り上げていくか。そのためにはQoW(クオリティオブワーキング)が大事で、QoW経営をすることで、生産性も上がるということでした。


続いては、株式会社野村総研未来創発センターの木村康夫さんから、「未来の職場とシニアの活躍〜AI・ロボットと共存する働き方」と題したレクチャーがありました。
日本人は比較的「働けるうちは働きたい」と思っている人が多く、金銭的な側面で働かざるを得ない、という人もいます。実際に介護現場ではシニアが重要な働き手となっていますが、彼らの離職にともなって施設運営が困難になり閉鎖したり、施設のドライバーが認知症を発症するなどのケースも出ていて、人材斡旋事業者も斡旋責任が生じることから慎重な対応にならざるを得ないという側面があります。
一方で、役職定年等によるホワイトカラーのシニア社員のモチベーションダウンの背景には、再雇用後の処遇の低下、ポスト不足が大きな課題としてあります。そして中小企業では後継者・人手不足による倒産は増えています。そこで、大企業で培ったノウハウを中小企業や地方企業で活かすための斡旋サービスが活発化。意欲と能力のあるホワイトカラーOBが、活躍の場を得る環境が整備されつつあるということでした。
また、AIやロボット技術の発展によって将来49%の仕事がなくなるとされますが、言い換えると労働人口の最大の49%しか、AIやロボット技術で補えないということでもあります。そして、自動化できる分野と実際に自動化したい分野のズレこそが、日本が直面する課題だというお話もありました。
「今後期待される仕事のパートナーはAI? 外国人? 社外の人? それともシニア?」というアンケートでは、「シニア」と答える人が多かったことからも、シニアをうまく活用しながら、AI化を進める職場が求められるということでした。


午後からは、これまで1日半にわたってインプットしたことに基づいて、アウトプットをするための準備としてのワークショップへと進みました。 「プロダクション・エイジングのための課題を、社会参加を促すための手立てを中心に考えていきます。KJ法で案を出してクラスターにする作業をします。質より量で付箋紙にアイデアを書き出し、それに対してどういう目標を置いて取り組むかグループで共有してください」と椹木先生。 まずは「As is」の描写。現状の分析の具体的な描写を行います。そして「To be」の描写。As isとTo beのギャップを洗い出し、その解決策を検討します。 「こういうところで困っているとか、障害になっているとか、具体的に発生しているような事例を中心に考えていくと、デザインを進めやすいでしょう」。


その後は実証実験の可能性も含めてシナリオを作ります。 中間発表でA班が挙げた「As is」は、「①社会の変化についていけていない状態、②本人のスキル(フィジカル)によって体力や気力が落ちていたり、モチベーション(メンタル)の低下、③世代間の価値観のギャップによって、継承やコミュニケーションがうまくいかないため、高齢者と次世代がうまくつながる仕組みが必要だと考えた。世代間のギャップを埋めることで若者が活躍して、そこにシニアがうまく入れるように課題を設定しました。
そこからシナリオとして、ある新規プロジェクトが採用されなかったという場面を想定した。高齢者は経験があるので知識や社内ネットワーク、リスクマネジメント力もある。経験で培ってきた実績、資金の調達力の繋がりや根回しの力があるが、なぜプロジェクトが却下されるかというと、それだけではかたいし古臭いという状況。一方で次世代は、勢いや体力があり、デジタル知識や斬新なアイデア、トレンドをよく知っていて、社会のネットワークに広く情報を持っている。しかしこちらもプロジェクトを提案しても却下されるという状況」。
B班は、「現状で働き続けるときの不安と問題を書き出した。個人の能力、肉体、気力と、労働への世間の目や環境といった社会的なものに大きく分けた。年齢が高くなると市場が少なくなり、就職活動が大変になる。市場があってもマッチングがうまくいかない。成功例があまり入っていないことが不安につながっていると考えた。自分が思っている自身の能力とニーズのギャップがあって、自己像と他者像が一致していないことが、再就職がうまくいかない原因と考えた。スムーズにマッチングできれば働く人は増えていくはずで、労働力の減少幅は緩くなるし、経済活動をする人も増える。課題としては本人ができると思っている能力と、客観的な能力のギャップをどう埋めるかということを課題とした」。

Day 3〜 データ活用による健康管理と安全衛生

最終日は椹木先生による前日の振り返りから。 「A班は若い年代と年寄り年代のギャップがあってうまく交わらない。プロジェクト申請だけでなく熟練技能の継承の話や、ホワイトカラーの分野においても高齢者の仕事の進め方、仕事観と新しい世代の仕事観は対立の構図ばかりが目立っている。そこで、暗黙知と形式知の相互作用(アナログ知、デジタル知の融合)をデザインし、総合的に融合、統合していくか。そういう課題にも見えました。 またB班は、高齢者が次の職を求めるときの課題点。高齢者の人材マッチング、ジョブマッチングはかなり進んでいて、それぞれの情報を集めてデータベース化してマッチングする試みはされているが、あまりうまくいっているとは思えない。雇ってみたけど使えないということもある。こういうやり方が本当に解決につながるのか。あるいは別の道を見出すべきなのか。デザインをして、雇用を生み出す。新たに受け皿を作ることも必要になる」という提言がありました。

さて、最終日のレクチャーには、パナソニック株式会社エコソリューションズ社の西山高史さんから「認知機能低下を示す高齢者の早期検知」についてお話がありました。 プロダクティブ・エイジングが叫ばれる一因には、納税者の減少や公的保険制度の破綻への不安といった経済的側面があり、健康で働くことで病院利用や公的な介護施設の利用を減らしたいという背景があります。 老いをポジティブに捉え、高齢者が持つ生産性を積極的に活用するプロダクト・エイジング社会をデザインするためには、高齢者の特性、高齢者が住んで働く環境脳構造を押さえた上で、高齢者の毎日の状態や活動をモニタリングするシステム技術を活用して、何らかの異変を見つければ速やかに治療することが必要です。認知症に至る前の軽度認知障害(MCI)を発見することで健常に戻る可能性が高いため、①自分で疑って検査を受ける。認知機能テストや脳画像検査、血液検査、②周囲が行動の異変に気付くなどの、認知症症状の理解に基づくアプローチが必要だということでした。

続いて、京都大学医学研究科の福間真悟先生から「Learning Health Systemのモデル構築」についてレクチャーがありました。 健康を支える仕組みをシステムと捉えると、自分が病気かを知るために検査をしたり介護をしてもらったり医療を受けたりすること全てをひっくるめて、ヘルスシステムと言います。それをどうすれば向上していけるか。 世の中の健康課題は感染する病気から感染しない慢性疾患へと移り変わっていて、世界の死亡原因の約70%が感染しない病気になっています。日本における潜在的患者が約1300万人とされる慢性腎臓病(CKD)を例に、「医療の質を改善すれば問題が解決するか?」という問いかけに対して、潜在的CKD患者の13%しか医療受診をしていないという現実があり、医療の質を改善したところで問題は解決しないというお話がありました。ではどうやって医療機関を受診させるか。 そのためには、「Nudge(ナッジ)」を活用した行動経済学的行動変容が重要で、禁止事項を出しても改善できない人に対して、本人の自由意志のもとに合理的、適切な行動に誘導で改善するというアプローチ方法が紹介されました。 また、高齢者の暮らしをIoTでデータ化し、ヘルスデータと連携した介護付有料老人ホーム「ゆうゆうの里」(宇治市)が取り組む健康を支える仕組みについても紹介がありました。

すべてのインプットが終了し、前日に続いてTo beをまとめる作業を進め、各班から「To be」の発表が行われました。

A班:To be タイトル「DEMO DAY」

「DEMO DAY」とは会社の制度のことで、この制度を使った場合のアイデアと変化を表しました。As isで、プレイヤーを次世代と高齢者と経営者の3者に分けて考え、予算を高齢者に、業務時間の10%を次世代に加えました。 「DEMO DAY」では次世代が高齢者にプレゼンをして、提案書やプロトタイプで見せて、高齢者がフィードバックシートを返します。会社から予算が与えられていて、高齢者はその予算をどのプロジェクトに投資をするかを決めます。そうすると高齢者は予算を自分が管理しているので、かなり入り込まないといけないという気持ちになります。若者は業務時間の10%をいかに有効活用するか考えながら、自分たちにないスキルを持っている高齢者たちをいかに巻き込むかということに力を入れる。お互いが相互に努力しあってコラボレーションが生まれることで、自分たちにないスキルを補完し合うことで、提案書が承認されるという仕組みを作れないかと考えて「DEMO DAY」を設定しました。それによってスキルを持ち寄ってなおかつ相手のスキルを盗める機会にもなりますし、今までエンジンだった若者とブレーキ役だった高齢者がうまく両輪で回していける仕組みにつながっていくのではないかと考えました。

B班:To beタイトル「Feedback Matching System」

ジョブのマッチングシステムをフィードバックして良くしていこうということで、「Feedback Matching System」という名前にしました。 高齢者(仕事を求めている人)側としてはどういうところであと何年働いて、どれくらい体力があって、どんな能力を活かしたいという情報として持っています。一方で雇う側としてはこんな人が欲しいという希望があり、両者を結びつけて仕事を見つけていくわけですが、新卒の場合と一緒で現状あまりうまくいっていないように思います。その原因をすり合わせると良いと考えました。一番重要なのは情報で、雇う側が何を求めていて働きたい側がどういう人なのかという情報をデータベースとしてためていく。最初はうまくいかないかもしれないけれど、例えば健康に留意して働いている人なら働けるかもしれないし、特定スキルを持っている人が働けるかもしれないという情報を常にfeedbackしてより良い方に持っていくというのが1つです。会社側としてはバックアップ体制を整えて、高齢者にもインターンシップをしてもらって、実際の職場で新しい仕事をしてもらってマッチングを図り、それも情報として残して、ちゃんと就職したときにどうだったかというのを見て、マッチングのミスマッチ度を調べます。高齢者への研修だけでなく、雇用者側も高齢者を雇うということがどういうことなのかという研修をして、具体的な職場をイメージできるVRシステムを雇う側が提供して、データを取っていきます。さらに、高齢者には体力的な問題があるので、LHSや公的な健康システム、健康モニタリングなどを行い、どういう健康状態にあるかを常に見ていくのも1つです。また業務のプロセスを見直して、仕事を分割したり目標を下げたり、仕事に応じて給料を決めるシステムも情報として入れていって、総合的に集めていって、データベースを作るというものです。 実際に65歳の人が10年間働いた後にどういう結果があったかという追跡して、feedbackをして、より成功率を上げていくような社会システムにするということを考えました。それを「feedback matching system」と名付けています。

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